2021年01月07日

第二次大戦における日本の功績 アジアの植民地化を防いだ日本

第二次大戦における日本の功績
アジアの植民地化を防いだ日本


ネットの記事はしばらくすると消えてしまうことが
多いので、自分の関心のある記事を自分自身の備忘録
としてここに保管しておきます。

更新日:令和3年1月7日


第二次大戦における日本の功績や役立ったこと

アジア独立の英雄、識者たちが語る『日本』

世界はどのように大東亜戦争を評価しているか


自存自衛と大東亜の解放を掲げて戦われた日本の戦争は、アジアの諸国民や各国の識者からどのように受け止められているのだろうか−。


●韓国
もう事実を話したいと想います。88歳。チェ・キホ伽耶大学客員教授:
私は1923年生まれです。もう韓国のためにも、日本のためにも、事実を話したいと思います。それはかなりの覚悟が必要です。生命の危険も覚悟しています。しかし、これは私の使命なのです。私はソウルに住んでいました。そして、時には、平壌や東京に行きました。その当時の韓国人は、日本人以上の日本人です。劇場に行けば映画の前に戦争のニュースがありました。例えばニューギニアで日本が勝った映像が流れる、韓国では拍手と万歳の嵐です。私は映画が好き、東京でも行きましたが、日本人は冷静でした。しかし、韓国人は全員が狂ったように喜んでいました。それが普通の姿でした。

だから親日派という言葉は使用できません。その使用することができない言葉を使って、先祖まで批判しています。親切で優しい日本人という印象を、必死に消去するために反日をリーダーはそそのかして来ました。

韓国と日本の歴史教育を比較すると、日本が10%の歪曲といえば、韓国は90%の歪曲です。朝鮮末期の異常な政治腐敗を教えず、日本が関与していない場合は、独立をすることができたように書かれています。日韓併合によって「教育」 「医療」 「工業」 「社会インフラ」が整備されました。近代国家の基礎が築かれたことは明らかな事実です。その実績を「日本帝国主義の侵略政策の産物である!」と糾弾する韓国にはとんでもない。さらに「日帝が民族産業を停滞させた!」という主張にはコメントする気持ちもなくなります。

民族産業を殺したのは、朝鮮王朝です。近代化を主張する先進的な思想家は反逆者として親族も処刑されました。韓国人は、「日本の虐待!性奴隷!」と叫んでいますが、私は信じることができません。歴史の真実を知っているからです。朝鮮は生き地獄でした。それは大韓帝国時代になっても同じでした。

1904年には、日本は朝鮮の惨状を救うため、財政支援を決断します。例えば1907年度、朝鮮王朝の歳入は748万円だったが、歳出は3000万円以上でした。その差額は日本が負担しています。1908年にはさらに増加し、3100万円を支出しています。
現在88歳の老人の叫びです。どう思いますか?


●◆ 昭和55年、名越氏が学生を連れて韓国を訪問したとき
韓国の某大学の学長(本人の要望があり、特に名を秘す)が語った言葉だそうな
「私は平素学生に対して、韓国人としての自覚を促している。日本の韓国併合に抗議する前に韓国人自身が考えなければならないことがある。
日本の韓国併合に対してアメリカもイギリスも誰も抗議しなかった。
世界は当然のような顔をして受止めていた。それはなぜか。日清戦争のとき、清国軍がソウルを占領しても韓国人は戦わなかった。
だから日本が戦って清国を追い払った。ロシアが入ってきた時もわれわれは戦かわなかった。
日本軍が血を流して戦い、朝鮮からロシアを追い出した。だから日本はこれ以上トラブルは嫌だと朝鮮を併合してしまった。
これに対して世界の列強は、日本がそうするのも無理はないとして一言も文句を言わなかった。
このことを忘れてはならない。韓国は自ら亡んだのだ。 日本の悪口を言い、責任を日本に押し付ける前に、われわれは戦わなかったから
亡びたことを知らねばならない。                  
名越ニ荒之助「日韓2000年の真実」国際企画




●◆ 崔基鎬著:日韓併合(韓民族を救った「日帝36年」の真実):序章より
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朝鮮時代、全権大使としてアメリカに渡った李成玉が各民族に接してみると、朝鮮人は米国人に軽蔑されているインディアンより劣り、
その他メキシコ、インドなどの民族より劣っていることを知り、衝撃を受け、次のように述べています。
「現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面をもつことはできない。亡国は必死である。亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかない。欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本は違う。日本は日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気に入らないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。そして、日本人は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。 それ以外に我が朝鮮民族が豚の境涯から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。 日韓併合が問題になるのは、変な話だ。我輩の併合観は欧米人の朝鮮人観を基に考察したのだ。」

参考図書: 朝鮮全権大使 李成玉 「李完用侯の心事と日韓和合」 「日韓2000年の真実」






■イギリス
◎アーノルド・J・トインビー 歴史学者
「第2次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したといわねばならない。その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。」
(1956年10月28日/英紙「オブザーバーL)

■アメリカ
◎ジョイス・C・レプラ コロラド大学歴史学部教授
「日本の敗戦、それはもちろん東南アジア全域の独立運動には決定的な意味をもっていた。いまや真の独立が確固とした可能性となると同時に、西洋の植民地支配の復活も、許してはならないもう一つの可能性として浮び上がってきたのである。民族主義者は、日本占領期間中に身につけた自信、軍事訓練、政治能力を総動員して、西洋の植民地支配復帰に対抗した。そして、日本による占領下で、民族主義、独立要求はもはや引き返せないところまで進んでしまったということをイギリス、オランダは戦後になって思い知ることになるのである。」    (「東南アジアの解放と日本の遺産」)

◎ジョージ・S・カナヘレ 政治学博士
「日本占領軍がインドネシア民族主義のために行った種々の仕事のなかで、最も重要なものの一つは、正規軍及び准軍事組織を創設して、それに訓練を与えたことである。…このような機会がなかったならば、戦後のインドネシア民族革命の経過は違ったものになっていたであろう。」    (「日本軍政とインドネシア独立」)

■オランダ
◎サンティン・アムステルダム市長 現内務大臣
「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現した。即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わった。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成した。日本の功績は偉大であり、血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。自分をさげすむことを止め、…その誇りを取り戻すべきであります。」
(1985年日本傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時行われた市長主催の親善パーティの歓迎挨拶)

■タ イ
◎ククリット・プラモード 元首相
「日本のおかげで、アジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話ができるのは、一体だれのおかげであるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。12月8日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決意された日である。さらに8月15日は、われわれの大切なお母さんが、病の床に伏した日である。われわれはこの2つの日を忘れてはならない。」

■マレーシア
◎ラジャー・ダト・ノンチック 元上院議員
「私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍を見たときに、今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかも、マレーシアを占領した日本軍は、日本の植民地としないで、将来のそれぞれの国の独立と発展のために、それぞれの民族の国語を普及させ、青少年の教育をおこなってくれたのです。」

◎ガザリー・シャフィー 元外務大臣
「日本はどんな悪いことをしたと言うのか。大東亜戦争で、マレー半島を南下した時の日本軍は凄かった。わずか3カ月でシンガポールを陥落させ、我々にはとてもかなわないと思っていたイギリスを屈服させたのだ。私はまだ若かったが、あの時は神の軍隊がやってきたと思っていた。日本は敗れたが、英軍は再び取り返すことができず、マレーシアは独立したのだ。」

◎ザイナル・アビディーン 歴史学者
「日本軍政は、東南アジアの中で最も政治的意識が遅れていたマレー人に、その種を播き、成長を促進させ、マラヤにおける民族主義の台頭と発展に、大きな触媒″の役割を果たした」

■インドネシア
◎モハメッド・ナチール 元首相
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は、私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」

◎アラムシャ 元第三副首相
「我々インドネシア人はオランダの鉄鎖を断ち切って独立すべく、350年間に亘り、幾度か屍山血河の闘争を試みたが、オランダの投智なスパイ網と、強靭な武力と、苛酷な法律によって、圧倒され壊滅されてしまった。それを日本軍が到来するや、たちまちにしてオランダの鉄鎖を断ち切ってくれた。インドネシア人が歓喜雀躍し、感謝感激したのは当然である。」

◎サンバス 元復員軍人省長官
「特にインドネシアが感謝することは、戦争が終わってから日本軍人約1000人が帰国せず、インドネシア国軍とともにオランダと戦い、独立に貢献してくれたことである。日本の戦死者は国軍墓地に祀り、功績を讃えて殊勲章を贈っているが、それだけですむものではない。」


◎プン・トモ 元情報相
「日本軍が米・英・蘭・仏をわれわれの面前で徹底的に打ちのめしてくれた。われわれは白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。…そもそも大東亜戦争はわれわれの戦争であり、われわれがやらねばならなかった。そして実はわれわれの力でやりたかった。」         (昭和32年の来日の際の発言)

■インド
◎ラグ・クリシュナン 大統領
「インドでは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈した。驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。」      (昭和44年、日本経済新聞)

◎ハビプル・ラーマン 元インド国民軍大佐
「ビルマ、インドネシア、フィリピンなどの東アジア諸国の植民地支配は一掃され、次々と独立し得たのは、日本がはぐくんだ自由への炎によるものであることを特に記さなければならない。」

◎グラバイ・デサイ インド弁護士会々長
「インドは程なく独立する。その独立の契機を与えたのは日本である。インドの独立は日本のお蔭で30年早まった。これはインドだけではない。インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である。インド4億の国民は深くこれを銘記している。」
(1946年の軍事裁判に出廷した藤原岩市氏らに)

■スリランカ
◎l・R・ジャヤワルダナ 大統領
「往時、アジア諸民族の中で、日本のみが強力かつ自由であって、アジア諸民族は日本を守護者かつ友邦として、仰ぎ見た。…当時、アジア共栄のスローガンは、従属諸民族に強く訴えるものがあり、ビルマ、インド、インドネシアの指導者たちの中には、最愛の祖国が解放されることを希望して、日本に協力した者がいたのである。」 (1951年、サンフランシスコ対日講和会議演説)

■ミャンマー
◎バー・モウ 元首相
「歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに貢献した国はない。しかしまたその解放を助けたり、あるいは多くの事柄に対して範を示してやったりした諸国民そのものから、日本ほど誤解を受けている国はない。」 「もし日本が武断的独断と自惚れを退け、開戦当時の初一念を忘れず、大東亜宣言の精神を一貫し、商機関や鈴木大佐らの解放の真心が軍人の間にもっと広がっていたら、いかなる軍事的敗北も、アジアの半分、否、過半数の人々からの信頼と感謝とを日本から奪い去ることはできなかったであろう。日本のために惜しむのである。」(「ビルマの夜明け」)

■シンガポール
◎ゴー・チョクトン 首相
「日本軍の占領は残虐なものであった。しかし日本軍の緒戦の勝利により、欧米のアジア支配は粉砕され、アジア人は、自分たちも欧米人に負けないという自信を持った。日本の敗戦後15年以内に、アジアの植民地は、すべて解放された」(「諸君!」平成5年7月号)








たしかに日本が行ったことは侵略かもしれません。
しかし、アジアの英雄たちの発言から見える日本がアジアに対して何を行ったかという真の意味がわかるのではないかと思います。
ジャワハルラール・ネルー



独立後のインド初代首相
インドは程なく独立する。
その独立の契機を与えたのは日本である。インドの独立は日本のおかげで30年早まった。この恩は忘れてはならない。
これはインドだけではない。インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である。
インド国民は、日本の国民の復興にあらゆる協力を惜しまないであろう。他の東亜諸民族も同様である。




【名言集】戦後、日本に贈られた言葉たち。


ラダ・ビノード・パール
インド、極東国際軍事裁判判事・法学博士
要するに彼ら(欧米諸国)は日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、自分らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の一七年間(昭和3〜20年、東京裁判の審理期間)の一切を罪悪と烙印する事が目的であったにちがいない。

私は1928年から1945年までの一七年間の歴史を二年七ヶ月かかって調べた。この中には、おそらく日本人の知らなかった問題もある。それを私は判決文の中に綴った。
その私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。
それなのに、あなた方は自分らの子弟に、「日本は犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」を教えている。満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。
日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを私は平然として見過ごすわけにはゆかない。
あやまられた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。あやまられた歴史は書き変えなければならない。

(昭和二十七年十一月五日、広島高等裁判所での講演)





ガザリー・シャフェー

アジアに生きる大東亜戦争 ガザリー・シャフェー氏の言葉(マレーシア、元外相)
2016-08-13 12:41:28
テーマ:アジアに生きる大東亜戦争
日本の某代議士の「過ぐる大戦において、わが国は貴国に対しご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」という挨拶に対して、「どうしてそういう挨拶をなさるのですか。あの大戦で日本はよくやったではないですか。マレー人と同じ小さな躰の日本人が、大きなイギリス人を追い払ったではありませんか。その結果、マレーシアは独立できたのです。大東亜戦争なくしては、マレーシア人もシンガポールも、その他の東南アジア諸国の独立も考えられないんですよ」
 さらに続けて、玉井顕治、名越二荒之助、中島慎三郎の三氏に対していわく。 「私は威張る人も、ぺこぺこする人も嫌いです。日本はもっと大きくアジアに眼を開いてください。現在、日本は南方の発展途上国に対する援助額はダントツで す。押しも押されぬアジアの経済大国ではありませんか。『ルック・イースト』『日本に学べ』という呼びかけは、シンガポールやマレーシアだけではありませ ん。口に出しては言わないけれど、アジアの国々のこれは本音なんですよ。かって反日感情の強かった国々にも、次第に親日感情が起こりつつあります。そうしたなかにあって、日本は欧米にばかり目を向けず、アジアに対して責任を持つ国になって欲しいのです。日本はかつてアジアに対して責任を感じ、そのために、 戦争であれだけの犠牲を払ったのです。この尊い戦争の遺産を否定することは、バックミラーばかり見ているようなものです。自動車は前を見て運転しなければ、進路を間違えますよ」(昭和六十三年七月十九日、於赤坂プリンスホテル)

ガザリー・シャフェー(マレーシア、元外相、アセアン創設によりハマーシェルド賞受賞)
アジアに生きる大東亜戦争 1988年10月刊 ASEANセンター
http://amzn.to/1MyErRC
ガザリー・シャフェー







ラグ・クリシュナン
インド大統領
インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。
それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈もした。
驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。
昭和44年「日本経済新聞」







バー・モウ
ビルマ元首相 独立宣言より
約五十年前ビルマは三回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。
英国はさらにその伝統的陰謀賄賂及び想像し得るあらゆる詐欺及び術策の武器をしようせり。
ビルマ人は徐々に搾取され時の進むに従い総ての国民的実質、莫大なる物資的資源、機会、文化、言語、さらに遂にはその生活様式までも失い愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、拷問及びしばしば死そのものを甘受して突進して来れり、これらの英雄はビルマの生存のため苦難を受け遂には斃れたり。
ビルマ人はアジアを結合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありしが遂にこれを大日本帝国に発見せり。
ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するものなり・・・」

日本軍が米・英・蘭・仏をわれわれの面前で徹底的に打ちのめしてくれた。われわれは白人の弱体と醜態ぶりを見て、アジア人全部が自信を持ち、独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。日本が敗北した時、『これからの独立戦争は自力で遂行しなければならない。独力でやれば五十年はかかる』と思っていたが、独立は以外にも早く勝ち取ることができた。
 そもそも大東亜戦争はわれわれの戦争であり、われわれがやらねばならなかった。そして実はわれわれの力でやりたかった。それなのに日本にだけ担当させ、少ししかお手伝いできず、誠に申し訳なかった




昭和三十二年の来日時
ククリックド・プラモード
タイ国元首相
「日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、産まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。」( 十二月八日、現地の新聞「サイアム・ラット紙」において )




勝者アメリカによる戦後の「本音」

ルーズベルト大統領

アメリカが戦争に参戦したかった理由は、過去6年間の自己の失政を糊塗する為。
過去6年間のルーズベルトの失政(「ニュー・ディール」政策)、戦争指導者としての歴史に名を残したいという自己顕示欲を満たす為。
大統領自身が国際連合を組織して、ソ連のスターリンとともにその支配者になるためである





ハミルトン・フィッシュ氏(共和党上院議員)
アメリカは欧州戦線に参戦したいがためにどうしても日本と戦争がしたかった。
日本を研究し尽くしていたアメリカは日本をいかに挑発すればよいかを知っていたのだ。
原油輸出を止め、中国の権益をよこせと恫喝することで日本がまんまと罠に陥っていったのが「太平洋戦争」であった。




マッカーサー
アメリカ、日本占領連合軍最高司令官・元帥
日本の潜在労働者は、量においても質においても、私がこれまで知っている中の最も立派なものの一つである。
しかし、彼らは労働力はあっても生産の基礎素材を持たない。日本には蚕のほかに取りたてていうべきものは何もないのだ。
日本人は、もし原材料供給が断たれたら(経済封鎖されたら)一千万から一千二百万が失業するのではないかと恐れていた。
それ故に、日本が第二次世界大戦に赴いた目的は、そのほとんどが、安全保障のためであった。





(1951年5月3日米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会における発言)
ハミルトン・フィッシュ
アメリカ 政治家
ルーズベルト大統領は、その絶大な権力を使って遂に米国を日本との戦争に巻き込むことに成功した。
そのことは、米国を欧州における戦争に参戦させるという彼の最終的な目的を達成させた。



ハーバート・フーバー
アメリカ元大統領
若し吾々が日本を挑発しなかったならば決して日本人から攻撃を受ける様なことはなかったであろう


ハリー・エルマー・バーンズ
アメリカ 歴史学者
大西洋でヒトラーを戦争行為に挑発出来ない事がはっきりしてきた1941年6月の、日本の経済的封殺で始まった戦術の切り替えを除いては、戦争への道はまったく直線的であった。
全局面を通じる戦争工作の建築家であり大指揮者だったのはフランクリン・デラノ・ルーズベルトだ



カーチス・B・ドール
ルーズベルト大統領の長女の夫
ホワイトハウスで1941年11月25日に開かれた運命的な会議の記録を読み返してみて、私の以前の岳父、ルーズベルト大統領および側近たちの戦略は、平和を維持し保証することではなく、事件を組立て、あるいは引き起こさせて、アメリカを日本との戦争に巻き込むという陰謀にもっぱら関わっていたと、私は悟ったのです。

ドール
 勿論ですとも。例えどんなに完璧になされた計画でも、誰かが”豆を零(こぼ)す”ものです。其れは正しく当時の陸軍長官ヘンリー・L・スチムソンが、彼の1941年11月25日の日記で犯したところです。スチムソン長官は次の様に述べています。

「問題は如何に彼等(日本人)を誘導して、我々が余り大きな損害を蒙る事無く、最初の弾を撃たせるかだ。これは難しい計略だ」

ヒルダー
 其れはアメリカの見えない政府――外交問題評議会(CFR)と呼ばれた機関の構成員から漏れて来た、びっくりする告白ですね。大佐、どうして彼等は日本を誘い込み、動かして第一撃を打たせようとしたのでしょうか。
ドール
 ホワイトハウスで1941年11月25日に開かれた運命的な会議の記録を読み返して見て、私の以前の岳父(ルーズベルト大統領)、或いは引き起こさせて、アメリカを日本との戦争に巻き込むと云う陰謀に専ら関わっていたと、私は悟ったのです。其れを知って私の心は張り裂けんばかりでした。これは「裏口」からヨーロッパの戦争に入る事を可能にする計略でした。(ルーズベルトはヨーロッパの戦争になんかしたかったのです)
 アメリカ国民は日本との戦争を欲していなかった事を彼は十分に知っていて、其れ故にこそ、いかなるコストを払っても戦争をアメリカ国民の頭上に押し付けなければならなかった。
かくて欺瞞に満ちた諸々の事が舞台に入り込み、アメリカ国民の激しい怒り、感情的爆発を起こす「事件」を創作する事が必要になったのです。其処でこの怪しげなマントが、巧妙に日本人の肩に掛けられなければならなかった。これがスチムソンが「難しい計略」だと書いた理由なのです。

 当時、其の計略は、ますます難しくなっていました。と云うのは、ドイツの指導者は、アメリカとの戦争を欲しないし、ルーズベルト大統領と彼の主義上の、又政治上の操り師達は、大部分が汎世界銀行カルテルと其の親シオニストの友人達で、彼等は共産主義勢力が政治的、金融的にドイツをしっかりとコントロールして、幾百万の人達を支配するのを見たいと考えていた。
罠は甘く仕掛けられ、日本は其の中に落ち込んだのです。
ヒルダー
 今の説明で、何故彼等が日本を操って戦争へ駆り立てたかが分かりました。
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